週刊KAI-YOU vol.8 〜Post dpi〜
オリンピックが連日盛り上がり、甲子園も始まる季節になった。なかなかリアルタイムで観戦することが叶わないのだが、ここぞという時に再放送をチェックしている。個人的に素晴らしいと思ったのは、柔道女子57kg級の松本選手。1本すらとれなかったものの、海外メディアから「アサシン」と呼称される鋭い目線に痺れる。あまりの気迫から、相手選手が目を伏せてしゃがみ込んでしまうこともあるとか……。柔道に限らず、ある種の野蛮さが、スポーツルールの規定によって美しさに変容する瞬間が個人的にはスポーツ観戦の醍醐味だと思う。そんなスポーツに比べ、ルールがもっと幅広いビジネスの世界で美しく勝つ方法はどうありうるのか、なんてことをぼんやり考えながら応援を続けている。
■Post dpi展オープニングレセプション
8月2日から開催されていた、KAI-YOUが運営に携わっているビジュアルネットレーベル・Recodeの初めての展示「Post dpi」。そのオープニングレセプションが4日(土)に開催されたので、在廊していました。
▲会場入口
▲開場前に準備をする、キュレーターの大楠さん
ご来場頂いたお客さまの質問にお答えしながら、出展作品を眺めていると、あらためてこれらの作品が飾られている空間の特異さに気づかされる。
その前にRecodeというサービスを説明したい。これはひとことで言ってしまえば、「ネット上の作品を注文ごとにキャンバスに刷ってお届けする」というもの。しかしこのサービスの各パートを個別に見ていくと、おもしろい構造になっていることに気がつく 。
まずネット上で公開されている作品というのは、ネット環境さえあれば誰でも「名前をつけて保存」し入手することのできるものだ(権利的な問題を考えなければ)。分け隔てなくフラットで、誰でも入手可能なそれは、「ご自由にお持ちください」とラベルの貼られたガレッジセールの品を思い起こさせる。私たちはいつでもそこにアクセスできる。
それが注文ごとにキャンバスに印刷される時、作品はあたかも注文者のために作られたかのような過程を通過する。印刷方式はオンデマンドなので、たしかに1つ1つの注文ごとに印刷されるため、さらにそのイメージが強化される。しかしオンデマンド=版を作らない印刷方式なため、ざっくり言ってしまえばこれは高品質なデジタル印刷であり、カラーコピーのようなものだ。そもそも無限に複製可能なデジタルデータで作られた「オリジナル」な作品が自分だけのために、「コピー」されて届けられる。
それを自宅の部屋に飾る時、その作品から得られる感慨や体験は唯一無二のものだが、その空間はRecodeの作品によって、コピーとオリジナルの間に存在しているかのような様相を帯びる。それが例え自ら建築家とともに設計した「オリジナル」な自宅であっても、賃貸のよくある間取りのアパートであっても。
▲常時多くのお客さまにご来場いただきました
そんなRecodeのコンセプトを下敷きに、今回の展示は行われている。人間の網膜の限界(=約300dpiと言われている)を越えた600dpiでの出力が可能なジークレープリントという技術を使った、Houxo Queさんと杉山峻輔さんの作品は、無限に複製可能なデジタルデータとして作られながらも、人間ではとらえきれない「オリジナル」な細部を含んでいる。
Facebook上で流れてきた友人の友人(=近しい他者)の写真をモチーフにし、鏡などの素材を利用して描いた山口歴さんの作品は、デジタルな環境の中から物質性が過剰に飛び出してきているようだ。
ネットイラスト師のベテランとして知られるTOKIYAさんは、「厚塗り」と言われる手法とRecodeのキャンバスを組み合わせた作品を展開されている。厚い、と言いつつそれがデジタルプリントによりフラットな画面に現れているある種の齟齬が、作品の魅力になっている。
▲NY在住の山口さんはモニター越しで参加。右より大楠さん、TOKIYAさん、山口さん、Hoxuo Queさん、杉山さん、武田
開催期間最初の週末ということで、多くのお客さまに来ていただいた。この不思議な空間に流れる空気は来場してみないと分からないものだと思う。デジタルを経てリアルに出力された作品たちに、ぜひ生で触れて頂きたいです。あわせて、CBCNETさんに掲載頂いた、参加作家の皆さんによる座談会のレポートもご覧ください。
■Post dpi展アフターパーティ
レセプションの後は、参加作家とお客さまみんなで移動し、代官山Mで開かれたアフターパーティへ。大人数での移動ではぐれかける人もいたので、目印でも用意しておけばと思ったところ、Houxo QueさんのiPadにメインビジュアルを表示させて、さながら「Post dpiご一行様」という感じで移動する。このあたりも今回の展示らしい光景。
▲ぞろぞろと中野→恵比寿まで
適度にソファや椅子が並ぶ会場は、お客さまが思い思いの楽しみ方ができているようで、うれしくなった。wk[es] さん、ATOLSさん、tomadさんと、どのアクトも素晴らしく、思わず踊りだしそうになってしまう。
タイムテーブルの中盤ほどに行われたHouxo QueさんとTOKIYAさんによるライブペイントは、手前味噌(?)かもしれないが、ものすごく感情を沸き立てられた。Photoshop上で描かれ、プロジェクターで壁面に投影されたTOKIYAさんによるキャラクターの上に、Queさんが蛍光塗料を重ねていく。そのパフォーマンスだけでも会場から歓声が絶えないほどだったが、個人的に感動してしまったのはそのラストだった。
▲TOKIYAさんのシステム。会場中央にMacBook Airを設置し、プロジェクタにつないでいる
作品ができあがり、最後にそれぞれがサインを入れたのだが、TOKIYAさんのそれは、Photoshopで記されているので、デジタルデータが投射された光としてしか存在していない。ただその瞬間には確実に画面の中に刻まれている。そのサインにどこか切なさを感じつつ、会場の色んな人と乾杯をかわしながら、デジタルとアナログ、リアルとWebをとことん行き来した展示になっていると改めて思った。今回企画を主体的に動かしてくれている、大楠さん、Queさん、素晴らしかったです!
▲完成した作品。ブラックライトにより幻想的な雰囲気に。
というわけで、ご来場いただいた皆さん、本当にありがとうございました! 展示自体は14日まで。ぜひ作家さんが在廊している時間に遊びにいってみてください。いろいろな発見があると思います。こちらで作家さんの在廊予定がわかります。ラストまでよろしくお願い致します!