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ゴミ以下と罵倒された編集長の苦悩|KAI-YOU CEO/COO BLOG

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代表・米村と副代表・新見の連載がスタート。ふたりが毎週火曜に週替りでブログを書いていきます!

代表/副代表が普段考えていること」「お互いが書いた記事への意見」「お互いに言いたいけど言いにくいこと」などなどが書かれていく予定(!)です。

ゴミを捨てられない人間は、ゴミから見てもゴミ。

 にいみなお(Twitter@NAO_NIM

「ゴミを捨てられない人間は、ゴミから見てもゴミ。」(TBSテレビ系列「カルテット」4話、別府司の台詞より)

これは、今KAI-YOU社内で一番人気(僕調べ)のドラマ「カルテット」のセリフだ。

こんにちは、KAI-YOUのCOO/KAI-YOU.netの編集長の新見と申します。

何を隠そう掃除が全くできない僕には耳が痛いセリフだった。

掃除ができない人間にも何種類かいるが、中でも自分は厄介な「ものを捨てられない人間」の部類に入る。

自宅はもちろん、油断するとあらゆるものが積み重なるデスクは、周囲からは要塞のように見えているらしい。

以下、自分語りがしばらく続く

元々、家族とは距離を置く方だった。大層な迷惑をかけたつもりはないけど、僕も奔放だったし、彼らも放任してくれた。

唯一の趣味だった読書がきっかけで大学に進学して文学部に入り、一層その傾向に拍車がかかった。在学中、「界遊」という雑誌を立ち上げ、相変わらず好き勝手やってきた僕が、彼らから縁を切られるというのはある意味自然な成り行きだった。

ある日、父と口論になり、かなり直接的に勘当を言い渡された。

数年後、「界遊」を母胎に会社を立ち上げたことも、報告する機会がなかった。

5年近く家族と一切連絡をとることのなかった僕だったが、祖父母とは連絡を取り合い、一年に一度は山口の祖父母の家に顔を出していた。

4年前、快活だった祖母が患っていた心臓疾患のため息を引き取った。みるみる元気をなくしていった祖父も痴呆になり、その2年後に後を追うように亡くなった。

結果的に、立て続けの祖父母の死が家族を再び集結させた。祖母の葬式で久しぶりに顔を合わせた時、めっきり老け込んだ両親の顔を見て、考えなしの自分の残酷さを思い知った。

同時に、うわべでは祖父母を慕っていても、最後まで彼らの病床に寄り添い続けたのは、他ならぬ両親たちだったことも知っていた。

祖父母の死後、遺品を整理し、家を売り払った。

僕が唯一譲り受けたのは、一年に一度、祖父母の家で見ていたスタンド・バイ・ミー』のLD(レーザー・ディスク)たちと、LDプレイヤーだった。

子供の頃から毎年、『スタンド・バイ・ミー』の、帰らぬ人となった友人とそこで過ごした時間を思う青春と追憶の物語に、飽きることなく繰り返し浸ってきた。

物語のラスト、モノローグで呆気なくその死が語られた主人公の親友・クリスを演じたリバー・フェニックスが、物語の外側で若くして本当に死んでしまっていたことを知ったのは、ずっと後になってからだった。

一年に一度、古びたLDが再生する粗い映像の中で、蘇っては殺されるリバー・フェニックスとの再会が惜しくて、大量のLDとプレイヤーを引き取ることにした。

親族からの「すぐに再生できなくなるのに」という制止にも、彼女の「どうせ埋もれさせるだけなのに」という小言にも耳を貸さず、巨大な段ボールに詰めて東京の自宅に郵送した。

僕の性質をよく知る彼女の言った通り、そのLPの入った段ボールは一度も開けられることのないまま、長い間眠ったままになっていた。

掃除ができない人間の特徴の一つである「ものを捨てられない」に加えて、「何でも引き取ってしまう」性質をあわせ持っている僕は、こうして日々、「これはゴミじゃない!」と言い張っていろんなものを引き取ってきては眠らせてきた。

物語の役割は命を与えることだと思う

去年末、とあるハロウィンでの取材がきっかけでソフト・オン・デマンド(SOD)に打ち合わせにいくことになった僕は、そこで、ある女優さんの名前を見かけた。

映画ブログが評判を呼んでいた戸田真琴さんというその女優さんのことは、編集部でも度々評判になっていた。僕も、戸田真琴さんの『シン・ゴジラ』や『この世界の片隅に』について書かれたブログを読んで心に残っていた。

打ち合わせは別の件だったのだけど、話はトントン拍子に進んで、戸田真琴さんに「読者の悩みに映画を用いてアドバイスをする」という連載を持っていただけることになった。

初回で用意したいくつかのお題の中から彼女が打ち返してきてくれたのは、「友達って何ですか?」という悩みを受けて『スタンド・バイ・ミー』に触れるという内容だった。

すでにおわかりのことと思うが、戸田真琴さんが手にしている『スタンド・バイ・ミー』は、僕が引き取ったLDだ。

原稿があがって連載用素材の撮影となった時、引っ越して3年近く経つ自宅に積み上がったまま荷ほどきしていない大量の段ボール群の中から、目的のものをなんとか引っ張り出すことができた。

感傷に浸るためだけにとって置いた『スタンド・バイ・ミー』のLDが、写真に収められ、包み込むような戸田真琴さんの文章と共に多くの人の目に触れられていくことで、再び命を吹き込まれたように僕には思えた。

ジョン・アーヴィングの『ピギー・スニードを救う』という短編集に、彼の創作活動の源泉を紐解く重要な自伝的作品が収められている。

「おやおや、ジョニー。だからスニードさんが生きてた時分に、もうちょっと人間らしい扱いをしてやってれば、そんな面倒くさいことをしなくてもよかったろうに」

それができなかった私は、いまにして考える。作家の仕事は、ピギー・スニードに火をつけて、それから救おうとすることだ。何度も何度も。いつまでも。

(『ピギー・スニードを救う』(新潮社)収録「ピギー・スニードを救う」より)

ピギー・スニードを救う話 (John Irving collection 1989-1998)

ピギー・スニードを救う話 (John Irving collection 1989-1998)

真実を晒す

ここで締めると、自分の悪癖を美談めかして正当化させただけのガチなゴミ以下野郎になるので、最後に真実を晒しておきましょう。

無分別にモノを引き取って必要なものと不要なものを取捨選択できない人間の哀れな末路をご覧ください。

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大半はただのゴミ!!

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